阿樹羅 信仰調査録

記録 六

未解明の問い

阿樹羅信仰には、まだ答えの出ていない問いが多く残っている。手がかりはこの調査録と湯けむり観測所の記録、そしてあわら温泉の街そのものにある。

問 一

台帳の「響き」は、今も鳴っているか

出土品台帳は、像を掘り出した夜に「うなり声のごとき響き」があったと記す。像を納めたあと、響きはやんだという。では今はどうか。

手がかり:出土品台帳、湯けむり観測所の定時観測

問 二

源泉の温度は、なぜ変わるのか

湯けむり観測所は毎朝、源泉の温度を記録している。日々の値を並べてみると、何が見えるか。

手がかり:湯けむり観測所、ヒヒイロカネ

問 三

田中の像は、どこへ消えたのか

三体のうち、舟津と二面の像は見つかった。田中の像だけが、今も所在不明のままである。

手がかり:百年前の出土

問 四

「二面」とは、何の二つの面か

ケラトプス型の像が出た土地の名は「二面(ふたおもて)」。阿樹羅は人の姿にも戻れたという。

手がかり:阿樹羅とは

問 五

なぜ二体一対なのか

名の由来は「門番のように二体一対で立っていた様」だという。復元図の二体も対の姿勢をとる。では、何の門を守っていたのか。

手がかり:阿樹羅とは、復元図

問 六

縁起の伏せられた言葉

阿樹羅縁起は「■■の■■をもって、これを鎮む」と記す。阿樹羅を鎮めたものは何か。

手がかり:阿樹羅縁起

問 七

なぜ、六千万年以上も待ったのか

ヒヒイロカネが落ちたのは約6600万年前。阿樹羅が生まれたのは約1万年前と伝えられる。金属は、そのあいだ何をしていたのか。

手がかり:年表、ヒヒイロカネ

問 八

「すべて死に絶えた」と、誰が確かめたのか

阿樹羅同士が戦えば、どちらかが必ず滅ぶという。では、最後に残った一体はどうなったのか。

手がかり:阿樹羅とは

問 九

霧と湯けむりは、同じものか

縁起は阿樹羅を「霧となりて散り、ふたたび集まりて形を成す」と記す。あわらの湯けむりを毎朝記録している者がいるのは、なぜか。

手がかり:阿樹羅縁起、湯けむり観測所

問 十

閉ざされた観測記録には、何が書かれているのか

湯けむり観測所の観測記録の一部は、閲覧が制限されている。閲覧には現地での調査が要るという。

手がかり:文献

ここにある問いの多くは、謎解きゲーム「阿樹羅 信仰」の中で確かめることができる。遊び方

考察を書いたら、ハッシュタグ #阿樹羅考察 をつけて投稿してほしい。言葉の意味は用語集に、創作や考察を公開するときのきまりは創作のきまりにまとめた。